インタビュー:ニコンに訊く「D800」「D800E」の実力

~ライバルは中判デジタルカメラ

 ニコンが22日に発売するデジタル一眼レフカメラ「D800」は、有効3,630万画素の35mmフルサイズセンサーを搭載したことで話題になった。また同時発表の「D800E」(4月12日発売)は、光学ローパスフィルターを無効化し、画像の先鋭度を高めた機種だ。今回はこれら2機種についての技術的背景や商品戦略をニコンに伺った。(本文中敬称略)

今回話を伺ったメンバー。右から松島茂夫氏、武下哲也氏、原信也氏、村上洋氏、吉松栄二氏、二階堂豊氏

 お話を伺ったのは、ニコン映像カンパニー マーケティング本部 第一マーケティング部 第一マーケティング課 副主幹の松島茂夫氏(プロダクトマネージャーで企画、製品開発全般のスケジュール管理を担当)、同映像カンパニー 開発本部 第一開発部 第二開発課の武下哲也氏(画像処理関係を担当)、同映像カンパニー 開発本部 第一設計部 第一設計課 副主幹の原信也氏(プロダクトサブマネージャーで電気系のシステム開発を担当)、同映像カンパニー 開発本部 第一設計部 第二設計課 副主幹の村上洋氏(プロダクトサブマネージャーでメカの開発を担当)、同映像カンパニー 開発本部 第一設計部 第四設計課 副主幹の吉松栄二氏(新機能を中心とした仕様全般の策定を担当)、同映像カンパニー デザイン部 プロダクトデザイン課の二階堂豊氏(外装および操作系全般のデザインを担当)。

D800

中判デジタルカメラのクオリティを目標に開発

――D800とD800Eの企画意図とターゲットユーザーを教えてください?

松島:新しいFX機を開発するに当たりユーザーの声を聞いたところ、「D3X」(2,450万画素)のユーザーでもさらなる画素数が欲しいという要望がありました。そこで、高画素に振ったモデルにすることに決めました。D800とD800EはD3Xよりも高画質なカメラですが、ボディの大きさは「D700」相当に抑え、重さはD700より軽くしました。プロの方はもちろんですが、アマチュアの方にも使って頂ける機種になったと思っています。

 いざ発表してみると好評で、やはり3,630万画素を達成したという部分とそこから出てくる絵に皆さん期待されているようです。

プロ向けの高画素モデル「D3X」(2008年2月発売)ハイアマチュア向けのFX機「D700」(2008年7月発売)

――ずばりライバルは?

松島:FXサイズの高画素デジタルカメラをライバルと想定しています。

:画質面では、中判デジタルカメラもライバルに含まれると考えています。

※取材時点で「EOS 5D Mark III」は未発表。

――D800はD700(FXフォーマット、有効1,210万画素)の後継モデルでしょうか?

松島:後継機ではありません。画素数やファインダーなど機能も大きく向上していますので別のポジションのカメラになります。

村上:D700の上位モデルですが、どちらかと言えばD4に近いですね。例えば、メカの機構もD4とほぼ同じです。

プロ向けデジタル一眼レフカメラ「D4」(3月15日発売)D800シリーズは多くの機能をD4から引き継いでいる

松島:D700は改正電気用品安全法の関係で国内のみ販売を終了しましたが、生産は続いています。

――ニコンの高画素機では「D3X」がありますが、D800とはどのような棲み分けになりますか。

松島:D3Xは、しっかりしたボディで耐久性もあるなど過酷な状況でも耐えられるプロ機として必要だと考えており、生産は継続していきますが国内向けの出荷はすでに終了しています。

現行ラインナップにおける位置づけ

――D800シリーズの大きな特徴がその有効画素数ですが、なぜ3,630万画素に決まったのでしょう?

松島:D3Xを超える画素数ということで、現状の中判デジタルカメラやデジタルバックを目標にしました。これらを参考にどのくらいの画素数が必要になるのかを検討した結果です。高感度画質などもトータルで考慮して3,630万画素に落ち着きました。D700の3倍ですが、特に“3倍にしよう”ということから決めたわけではありません。

 中判デジタルカメラは屋外に持ち出せる機種もありますが、デジタルバックは室内でパソコンと繋いで使用するといった状態だと思います。その点D800は簡単に持ち運べますので、フィールドで中判デジタルカメラ並の絵を撮影できるようになったと考えています。

ライバルは中判カメラ

――撮像素子の工夫点を教えてください。

武下:画素数を大幅にアップしながら、デジタル一眼レフカメラのセンサーに求められるクォリティを達成していることです。

:センサーの前にあるマイクロレンズの最適化などを徹底的に進めており、集光効率を高めています。D800シリーズではギャップレスのオンチップマイクロレンズを採用しています。

――画素ピッチはどれくらいですか?

武下:4.88μmです。D700は8.54μmでした。

――センサーメーカーは?

松島:協力会社から供給を受けています。協力会社は公開していません。

有効3,630万画素CMOSセンサーを搭載

――大変高画素ですが、ファイルサイズはどれくらいですか?

松島:JPEG/FINEで16MB前後、14bitの非圧縮RAWで74MB程度になります。

“D800でもかなりすごい”を実感してもらえる画質

――D800のローパスフィルターはD700と同じものなのでしょうか。

武下:得られるローパスフィルターの効果はほぼ同等になっています。

村上:ただ、画素が小さくなっていますので、その分ローパスフィルターの精度も上げています。

――一方、D800Eはローパスフィルターを無効化しています。どのような仕組みなのでしょうか?

武下:D800では、光を水平に分離するローパスフィルターと垂直に分離するローパスフィルターを通った光が撮像素子に届きます。1つの点が4つの点に分離するようなイメージです。それに対してD800Eは、1つめのローパスフィルターで2方向に分離しますが、もう1つのローパスフィルターで分かれていた光をまた1点に戻し、それを撮像するようにしています。このため、D800Eではローパスフィルターが無い状態と同等の写りになります。

D800とD800Eのローパスフィルターの働きの違い

――D800とD800Eの画質の差はどのようなものですか?

武下:通常のローパスフィルターがあるカメラは高周波成分をボカす効果でモアレなどを抑制していますので、D800Eの方が高周波成分ボケていない分、コントラストある先鋭感の高い画像が得られます。ただ、モアレなどが若干目立つことがあります。

――一般のハイアマチュアはD800とD800Eのどちらを買うのが良いのでしょうか?

松島:モアレが出るのは服などの定期的なパターンですから、必ずいつも出るわけではありません。ただ、モアレなどが出た場合に一般のユーザーはどう対処すれば良いのかわからないケースもあると思います。いろいろなものを撮影するユーザーにはD800のほうがおすすめだと考えています。

 その一方で風景や商品の撮影でさらなる先鋭感が欲しいというプロや、モアレが出ても例えば「Capture NX 2」(別売の純正現像ソフト)で修正するといった、後からの手間を苦にしない方であればD800Eを使って頂くのが良いかと思います。

武下:ただ、Capture NX 2での修正はモアレなどを完全に消すということではなく、軽減が可能です。なお、カメラ同梱のRAW現像ソフト「View NX 2」にはモアレ低減機能は入っていません。

:中判デジタルカメラやデジタルバックはローパスフィルターがありません。そうしたものを使っているプロが先鋭感を求めているという声は弊社にも届いていました。そうした方にとっては“ローパスフィルター付き”という選択はありませんし、モアレ低減の画像処理にも慣れています。D800Eはそうしたユーザーに向けたものでもあります。

画像処理関係を担当した武下哲也氏。「ピクチャーコントロールを採用しており、色再現性は従来機をほぼ継承しています。これまでニコンの機材をお使いのお客様であれば、使い慣れた色で撮影ができます」

――D800に対してD800Eは5万円ほど高い設定になっています。

 D800EはD800とは異なるローパスフィルターを搭載していますので、その分コストが高くなっています。D800E用の無効化したローパスフィルターは新開発したものです。

――D800Eにおいて、ローパスフィルターそのものを取り去ってしまうだけではなぜだめなのでしょうか?

松島:単純にローパスフィルターを外すだけでは、ピント位置が変わるなどしてボディの構造を大きく変更することが必要となり、D800Eではなく別の製品を開発することになってしまうためです。

プロダクトマネージャーの松島茂夫氏。「こうした画素数はこれまで一般のお客様には手が届かない世界だったと思います。そうした世界の写真を簡単に撮れるようになったと考えています」

――D800とD800Eの予約はどれくらいの比率になっていますか? 製品発表時は、D800Eが1割程度になるとのことでした。

松島:現時点での予約状況では、弊社の予想よりD800Eの比率がやや多い状況です。発売後はまた変動する可能性もあります。

 “D800Eの方が高画質”という情報はかなり皆さん持っていらっしゃるようですが、“D800が従来機種やほかのカメラと比べてどれくらい良いのか”というところをまだ実感されていないと思います。D800の高画質がわかってくると“D800でもかなりすごいんだな”ということを理解されると思います。

レンズの解像力をすべて引き出せるカメラ

――D800とD800Eは同クラスのデジタル一眼レフカメラで最多の画素数ですが、レンズ側の解像力が足りなくなる心配はありませんか?

武下:3,630万画素から得られる解像感は享受して頂けるものと考えています。ただ、当然ながら高性能なレンズの方がよりメリットは大きいといえます。実写の結果もそれを裏付けるものでした。

:解像感をより楽しみたいお客様向けの“推奨レンズ”をWebの「テクニカルガイド」で3月22日に公開する予定です。これは、“カメラの解像力を極限まで引き出したいという場合は推奨レンズを”という話になります。ただし、推奨以外のレンズであってもレンズの持っている性能は最大限発揮できます。D800シリーズは、過去も含めて数多くあるニッコールレンズの持ち味を引き出せるカメラであると考えてください。そのレンズの持つ解像力の一番いいところを引き出せるということです。

――D800よりもD800Eの方がレンズに対する性能の要求は高くなるのでしょうか?

:両機の差を実感するためには、レンズの性能も加味されますのでそういうことになります。

――D800Eでモアレの発生する頻度や度合いはどれくらいなのですか?

武下:定量的に申し上げるのは難しいですが、D800Eだからモアレが出て実用にならない、ということではないと考えています。

松島:モアレが発生した場合の程度の差としてD800Eのほうが目立つということです。もちろん周期的なパターンがなければ、モアレや偽色は一切出ません。従来のニコンのデジタル一眼レフカメラや他社の中判デジタルカメラとも社内で比べましたが、D800とD800Eは比較的モアレが目立たないという結果が出ています。

村上:画素ピッチが細かくなっているので、空間周波数もより高周波にならないとモアレは目立ちません。ほかのカメラとの比較では、この理由でモアレが出にくくなっていると考えられます。

メカの開発を担当した村上洋氏。「シャッター、絞り駆動ユニットはD4とほぼ同じなので、撮影性能のポテンシャルはD4に迫るものがあります」

――D800Eでモアレや偽色の発生を抑える撮り方のコツはありますか?

武下:主要被写体でない部分に人工的な定期的パターンがあってモアレが発生している場合は、モアレの発生している部分とカメラの距離を変えるなどしてピント位置を微妙に変えると発生を抑えることができます。

――絞りを絞り込むのもモアレ抑制に効果があると聞いたことがあります。

武下:絞りの回折現象でボケるようになるためモアレは軽減できますが、解像感も若干低下してしまします。

松島:イメージ的には、“D800Eでローパスフィルターを無効化したのに、D800に近づけて撮っている”といえます。

武下:ただ、どうしてもモアレを避けなければならない場合は有効な方法ではあります。

――今後、レギュラーモデルとしてローパスフィルターを省いた機種を出す計画はありますか?

松島:これから画素ピッチがさらに細かくなってよりモアレが発生しにくくなれば、そういったモデルの可能性はあります。ただ、具体的に決まった計画があるわけではありません。

A3プリントではD700同等のノイズ感

――高感度ノイズは「D700」と比較してどうでしょうか?

:比較の仕方によって感じ方が異なるというのもありますね。確かに画素1個で計算するとD800のS/N比は厳しくなりますが、例えばA3サイズにプリントしたといった場合、D800は画素が多いのでノイズも小さく見えます。実際、ISO6400で撮影して比べた場合にはD700と同等レベルのノイズ感になります。

松島:D800は画像処理エンジンが「EXPEED 3」になりましたので、ノイズ処理能力が高まっています。またEXPEED 3でダイナミックレンジが拡大したため、それも低ノイズ化に寄与しています。

EXPEED 3を搭載したD800シリーズのメイン基板

:EXPEED 3のネーミングは「Nikon 1」と同じですが、実は中身が違い、それぞれに最適化した別の処理エンジンを採用しています。D800とD4専用にカスタマイズしており、より画質重視のチューニングになっています。

――AEはフラッグシップ機「D4」相当の性能ですね。

:AEセンサーはD4と同じ「91KピクセルRGBセンサー」を積んでいまして、AEやオートホワイトバランス性能が向上しています。また、AEセンサーの情報はAF時にも活用しており、ファインダー撮影でも顔認識を利用したAEとピント合わせが行なえます。

電気系システムを担当した原信也氏。「“一眼レフの最高画質”が最大のポイントですが、それだけではなく基本性能も大幅に向上させています。ファインダー、軽量化、AE、AF、液晶モニターなどの性能向上を合せてこのパフォーマンスを実現しました」

――AFの工夫点を教えてください。

:こちらもD4と同じ「アドバンストマルチCAM 3500FXオートフォーカスセンサーモジュール」を搭載し、-2EVの低輝度でもAFが動作可能になっています。しかも51点フォーカスポイントのうち、中央部11点については開放F8まで対応しています。

――F8対応のAFを実現するには技術的な難しさがあるのでしょうか? ニコンでもD800シリーズとD4のみの対応です。

:より暗いところでの光量不足をカバーしなければならなりませんので、難しさはありますね。F8に対応するためには、今まで以上に光学的な合せ込みの部分で厳しい調整が必要になってきます。

村上:ファームウェアもD3Sからアルゴリズムを見直し、検出限界まで信号を拾えるように工夫しています。

――ファインダーはD4と同じものでしょうか?

村上:視野率約100%、また、ファインダー倍率は0.7倍でどちらもD4と同じです。しかし、AF測距枠の表示方法が異なることと、ファインダー内に縦の表示が無いといった違いがあります。そのため光学系は再設計しています。またD800では、ファインダー内の水準器表示に透過型液晶を利用しています。

D800のファインダー内表示

:ストロボを内蔵するとスペース効率の面でファインダーには制約が生じてきますが、今回はメカ的な構造を最適化することで、ストロボを内蔵しながらも視野率約100%を達成しています。同じくストロボを内蔵していたD700の視野率は約95%でした。

動画機能はプロの要望を反映

――動画撮影機能「Dムービー」で新たに“高画質処理”を行なっているそうですが。

武下:記録フォーマットにH.264を採用し、かつBフレームを使用することで高画質を維持しながら圧縮効率を高めています。ビットレートは24Mbpsですが、画質は自信を持っておすすめできるクォリティです。

:データをどう処理するかも大きなポイントです。EXPEED 3で解像感の高い動画の生成を行なっています。

――動画では画素を混合してフルHDの解像度を作り出しているのでしょうか?

村上:その詳細は公開していないのですが、カメラが持っているほぼ全画素を利用して動画を作っています。

――HDMI端子から非圧縮の動画を出力できるようになりました。

吉松:外部レコーダーで動画を記録するというニーズを意識し、可能な限りカメラで設定した画像サイズ/フレームレートで出力する使用にしました。具体的なレコーダーとしてはAJA社の「Ki Pro」などは意識しています。そのために、カメラの背面モニターでは情報を表示しながら、HDMI側には情報表示無しの動画を出力できる設定も設けました。

 ほかには、HDMI出力時のRGBレンジを「フルレンジ」と「リミテッドレンジ」から選択できるようにしました。フルレンジでは8bitの階調をフル(0~255)に使えます。お使いのHDMI機器に合せて選べますが、通常は「オート」にしておけば自動的に接続機器と通信して最適な設定で出力されます。

CP+2012では、グラスバレーの外部レコーダーと組み合わせたデモを行なった

――コントラストAFの速度は向上していますか?

:D700よりも高速化しており、D4と同等のスピードを実現しています。顔認識にも対応しています。

――ローリング歪みも減少しているのでしょうか?

:撮像素子の読み出しレートの高速化により、ローリング歪みも改善しています。

吉松:Webで公開しているショートフィルム「Joy Ride」でバイクの走っているシーンがありますが、それを見て頂ければどの程度低減できているかが実際にわかって頂けるかと思います。

ボタンで操作できる「パワー絞り」とは?

――動画ライブビューに絞りがなめらかに動く「パワー絞り」を新搭載しました。

吉松:動的に被写界深度を変えられるという機能で、D4も対応しています。絞りを動かしますので、若干なめらかに動かない場合がありますが、そこに注意して使えばおもしろい動画が撮れます。これもWebで公開している「Through The Lens」という作品で見ることができます。

 この機能は動画の記録中ではなくライブビュー中限定の機能になりますので、HDMI出力で外部レコーダーに録画するお客様に有効な機能となっています。

パワー絞り動作の様子

村上:ステッピングモーターで絞りを動かしますが、制御方法を従来から見直しました。より細かく動かすようにしたため、絞りがなめらかに動くのと同時に駆動音も低減しています。

 D800のファンクションボタンとプレビューボタンにパワー絞りの機能を割り当てることができます。ファンクションボタンを押している間、絞りは開放側に動きます。反対にプレビューボタンを押し続ければ絞り込む方向に動きます。どちらの方向でも、指を離すと絞りの動きが止まります。表示上は1/3段ステップですが、実際にはもっと細かいステップで制御しています。

:ライブビュー中の絞り変更自体はD3SやD3からできるようになっていましたが、こちらはコマンドダイヤルによる絞り変更のみでした。D800ではメカ的な機構を改良して、新たに、パワー絞りの機能を搭載しました。ボタン操作なのでブレずにボケ具合を確認しながら撮影できます。

仕様策定を担当した吉松栄二氏。「新機能を従来以上に盛り込みましたので、ファームウェアの開発にはかなり苦労しました」

吉松:なお今回のライブビュー機能は、静止画ライブビューの場合はプログラム線図に沿った制御ですが、動画ライブビューの場合はなめらかに撮れるような露出制御にしてこの2つを明確に分けています。

 動画のライブビュー中に静止画を撮影したときですが、これは静止画用のプログラム線図に沿った写真が撮れるように配慮しました。パリッと締まった静止画の必要があるとの見解からです。そのために、ファンクションボタンを押すと動画ライブビュー中に静止画の露出制御値を確認できる機能も設けています。

 動画の新機能としてはライブビュー中に音声レベルインジケーターも表示できるようにしています。

音声レベルインジケーターも表示可能になった

 それから、“リモコンを使って録画を行ないたい”というお客様もいらっしゃると思います。しかし今までのリモコンは静止画用の設計となっていますので、動画にはこれまで使えませんでした。これを可能にするため、今まで聖域とされていたシャッターボタンの機能を動画にも設定変更できるようにしました。これで、お持ちのリモコンのレリーズボタンで動画撮影を行なえるようになります。また、本体に動画ボタンも独立して設けていますが、どうしてもカメラ本体のシャッターボタンで録画を開始したいというニーズにもこの設定で応えられます。

 加えて「微速度撮影」も新しく入りました。今回シャッター耐久が20万回に向上したのがこの機能を搭載できた理由の1つです。1枚ごとにシャッターを切って動画にするわけですから、シャッター耐久があって初めて成り立つ機能といえます。

 さらに録画中にインデックスマーキングを打って、再生や編集時にジャンプできるようにしています。編集する時間が無く、ご家庭で見たいところだけすぐ見たいという場合に使って頂ければと思います。また、このカメラは不要部分をカメラ内でカットすることができますので、その際の目安としても使えます。インデックスはカメラによる再生/編集時限定で有効としましたが、画像処理エンジンの高速化と動画編集時のユーザーインターフェース改善により、パソコンに負けず劣らず扱いやすいものになったのでは無いかと思います。

 具体的には前カットと後カットを同時に行なえるようにしたり、その位置をタイムライン上で確認できるようにしたり、上書き保存/新規保存の選択保存や、保存前のプレビュー機能などを追加しています。

:パソコンで編集する場合には、コーデック変換などある程度のマシンパワーを必要とします。ですから動画の不要な部分をあらかじめカメラでカットしておく、といった活用ができます。

吉松:それから静止画の話ですが、タングステン光環境下のスタジオでストロボ撮影をする際、ホワイトバランスをストロボに合せるとライブビュー画面が非常に赤くなってしまい状況がつかめないという声がありました。そこで、ライブビュー表示用のホワイトバランスと撮影用のホワイトバランスを別に設定できるようにしています。ちょっとマニアックな機能ですが(笑)。

 また色温度の設定は従来ミレッド単位でしたが、もっと細かく設定したいというプロカメラの方々のご要望を反映させて、10K単位で変更できるようにしています。

 ちなみに今回からライブビュー画像を見ながらピクチャーコントロール設定が変えられるようになりました。普段からあまりピクチャーコントロールの設定を変えていらっしゃらなかったお客様にも、具体的な違いを実感してもらえるのでは無いかと考えています。もちろん動画にもピクチャーコントロールを適用できますので、自分の画作りにトライして頂きたいです。

細かい部分もブラッシュアップ

――そのほか新機能でアピールしたい部分は何でしょう?

 吉松:感度自動制御(ISO-AUTO)の低速限界設定に、新たに「オート」を追加しました。これは、感度自動制御が働き始めるシャッター速度の低速限界を、レンズの焦点距離に応じてカメラが自動的に設定するものです。レンズを望遠側にズームすればシャッター速度をより速く切る必要がありますし、広角側ではそれほど速いシャッター速度は必要ありません。レンズの焦点距離情報を基に、手ブレが生じにくいシャッター秒時をカメラが自動で設定するわけです。ズームレンズをISO-AUTOで使うお客様には便利だと思います。ちなみに、ISOボタンを押しながらサブコマンドダイヤルを回すとISO-AUTOの有効/無効を切り替える機能を追加しましたので、レンズによって、あるいはスピードライト使用の有無で切り替えても便利ですね。

低速限界設定に「AUTO」が加わった

 あとは本当に細かいところですが、液晶モニターに表示されるグリッドの線が細くなりました。主に建築物などを撮影されるお客様の声を反映させるかたちで、細くかつ高コントラストにしました。

グリッドのラインが細くなった

:それからD700のクロップ撮影はDXのみでしたが、D800ではDXに加えて1.2倍と5:4に対応しました。カタログには載っていませんが、クロップエリアを単なる線ではなくD4同様に枠の外をグレー表示にすることにも対応しています。その設定方法が難しいのでこの場で言っておきますと、[カスタムメニュー]→[オートフォーカス]→[フォーカスポイントの照明]を「しない」にすると、グレーの枠が表示されるようになります。ただし、この設定にするとフォーカスポイントの赤い表示はしなくなります。その場合、音で合焦を知らせる設定にすると良いかと思います。なお、枠の線表示/枠の外のグレー表示の切り替え機能はD700にもあります。

村上:ちなみにクロップはコマ速に関係しており、FXと5:4では4コマ/秒ですがDXと1.2倍のクロップに変更するとパワーパックなしで5コマ/秒になります。また、レリーズタイムラグや起動時間はD4と同じです。

握りやすくなったグリップ

――D800のデザインはどのように決まったのでしょうか?

二階堂:D4はカーデザイナーのジョルジェット・ジウジアーロ氏によるデザインなのですが、基本的にはそのスタイリングイメージを踏襲しつつ、社内のオリジナルデザインになっています。

デザインを担当した二階堂豊氏。「気軽に持ち出して高画質の絵を楽しんで頂きたいですね」

松島:同時期のカメラはフラッグシップ機と同じようなデザインにして“ニコンとはこういうイメージ”という方向性をある程度持たせます。今回D4のデザインをジウジアーロ氏に作って頂いて、そのイメージに合わせて社内のデザイナーがデザインしています。

D800
デザイン検討画

二階堂:デザインコンセプトはD4と共通で「方向性」と「一体感」になります。特徴としては、Nikonロゴの正面から左右に繋がる曲面と、その曲面上に配置したシャッターボタンですね。全体の印象としては、従来に比べて段差を少なくして凹凸感を抑えたデザインになっていると思います。撮影者とカメラが一体感を感じて頂けるように細部の作りにもかなりこだわりました。

パワーバッテリーパックのデザイン検討用モデル

 一体感を表現する際に気をつけたのは、全体としてはなるべく大きく見えないようにしたことです。視野率が上がったためペンタ部は若干大きくなっていますが、それを違和感なく包み込むようなデザインにしました。これにより、D4から始まった新しさが表現できたと考えています。

 それから今回は操作性にもこだわっていまして、レリーズボタンの角度も検討の結果変更しています。具体的には35度前方に傾けており、グリップを握ったときにより自然な方向でシャッターボタンが押せるように工夫しました。また電源レバーもそれに伴い薄型化しており、グリップ上部の大きな丸みと合せてできるだけ指がフィットするように工夫しました。

シャッターボタン面の傾斜も改善前ダイヤルも回しやすくした

 サブコマンドダイヤル(シャッターボタン下のダイヤル)を回すときに、従来はグリップに指が当たってしまうことがあったのですが、今回は硬い素材に変更するとともにダイヤルの角度も調整して、できるだけなめらかにダイヤルを回せるように改良しました。

 グリップの形も見直しました。何度も試作を繰り返し、多くの人に試して頂きながら作り込んで行きました。また今回はグリップの厚みを減らしまして、女性の方でも持ちやすいグリップを提供できたと考えています。D700では手の小さな方から若干持ちにくいという声もあったためD800で改良しました。

グリップもより握りやすくした

 さらにレリーズモードダイヤルですが、D700はアイコン表示を上からしか確認できませんでした。なおかつクリックストップが無いので、感覚的にわかりづらいところがありました。D800では慣れてくればクリックストップの数で操作できると思います。アイコン表示も大きくなりましたので、全体的に視認性が向上しています。

村上:従来はレリーズモードダイヤルの上のボタンが3つでしたが、今回はブラケットボタンを入れて4つにするためにダイヤルの形状を変更しました。ブラケットボタンを設けて欲しいというお客様からのの要望が強かったためです。

上部にブラケットボタンを新設レリーズモードダイヤルの表示も見やすくなった
D700(左)との比較

吉松:そのブラケットボタンですが、HDR機能や多重露出機能を割り当てることもできるようになっています。HDR機能にした場合は、メインコマンドダイヤルとの併用操作でHDR撮影を1回だけ行なうか連続して行なうかの切り替え、サブコマンドダイヤルで露出差の設定が可能になっています。

――D4のレリーズモードダイヤルは従来タイプですね。

松島:D4ではボディ背面下部にISOボタンを設けていますが、D800ではその位置には置くことができません。そのためレリーズモードダイヤルの上に配置して4つボタンにしたためD4とは異なっています。

二階堂:D4との共通点としては、ダイヤルのクリックストップになります。

村上:ボディということでは、軽量化にも注力しました。強度解析のシミュレーションを繰り返した上で、D700同等の強度を保ちながら構造部材などを軽くしています。加えて、ミラーやシャッターの駆動機構を新規に設計して軽量化に繋げました。

 今回ペンタプリズムや液晶モニター(3型から3.2型)が大型化して本来重量は増える方向にありましたが、トータルではD700に比べて1割近い約95g軽くしました。グリップの改良と相まって、従来よりも軽く感じてもらえると思います。

:液晶モニターですが、D700までは液晶パネルとカバーの間に空気層がありましたが、D800とD4からは完全に貼り合わせてあり内部反射のないクリアな見えになっています。

「軽量化も今回のポイントです」(原氏)

――ところで、今回もグリップには赤いパーツが入りました。

二階堂:こちらは、一目でニコンのカメラだとわかるシンボルです。この赤いラインに関しては、社内と部品メーカーで何度も試作をして最終形状に仕上げていきました。見栄えや機能的なことも考えて、場所や形状を色々と検討しましたね。

毎回こだわっているという“赤パーツ”

“高級機だから国内生産”ではない

――記録メディアとしてCFとSDメモリーカードに対応した理由は何でしょう?

松島:これまでのFX機はすべてCFを採用していますので、CFを採用しています。加えてDXフォーマットのカメラをお持ちのお客様がステップアップしてD800を使ってもらうことも考え、SDメモリーカードにも対応しました。

 D4はCFのほかに新しい規格のXQDメモリーカードを採用しました。D4では連写速度が速いので書き込み速度が速いことと、将来大容量化が可能であることを考慮してXQDメモリーカードを採用しています。D800はD4のような高速連写をするカメラではないため、XQDメモリーカードは採用していません。またCFとSDメモリーカードの組み合わせの方が、ボディを小型化できるメリットもあります。

記録メディアスロットはCFとSDメモリーカードに対応USB 3.0端子をデジタルカメラで初めて採用

――D800シリーズはUSB 3.0に対応しています。

:デジタルカメラとして世界で初めての対応です。3,630万画素ですからファイルサイズが大きくなりますので、より速くパソコンにコピーできるようにするためです。お客様のストレスをできるだけ軽減するよう配慮しました。

 CFスロットはUDMA Mode 7、SDメモリーカードスロットはUHS-Iに対応しています。それらに対応したメモリーカードを使えば、最も高速にパソコンに転送できる方法の1つといえます。

D800の透視イラスト

――生産はどこで行なっていますか?

 仙台ニコンです。

――そうしますとFX機は国内生産ということになりますが、高級機は精度などの面で国内生産にしているのでしょうか?

松島:精度が必要だから日本で生産している、といった区別は特にありません。高級機だからという理由もないですし、例えば「D300S」はタイで生産しています。生産地は、そのときの全体の生産のバランスなどを考慮して決めています。

――D800を発売するに当たって、東日本大震災やタイ洪水の影響はあったのでしょうか?

:もちろん、全く影響がないということはありません。カメラの生産だけではなく、D800でも使用する部品のメーカーに影響が出ましたので、間接的な影響はありました。

村上:仙台ニコンは被害の大きかった名取市にあり、従業員が被災をした中で作り上げました。タイでは協力工場の従業員が大変な思いをしました。それでようやくできあがったカメラです。“がんばれ東北”“がんばれタイ”とシールを貼りたいくらいですね。

インタビューはニコン大井町ウエストビル(東京都品川区)で行なった




(本誌:武石修、撮影:國見周作)

2012/3/16 20:40